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注目の産業用ネットワーク、TSNで変わるスマート工場

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  • 更新日
  • 公開日
  • 2024.10.31

 産業ネットワーク――― 工場での利用目的や環境に合わせた信頼性の高いデータ通信を指します。家庭やオフィスで使用するものとは異なるネットワーク技術です。 近年、Ethernet(イーサネット)やWi-Fiなどは高品質な動画データをリアルタイムで伝送できるほど高速になりました。しかしながら、工場で使用するには、確実性(deterministic性)が足りず使えない。つまり、データが確実に届くという確実性が今後のスマート工場への進化には不可欠と言われています。

1. 産業用ネットワークの必須要件 時刻同期、低遅延、高信頼性

 製造業は過去より、人の労働力を頼りに発展してきました。当然のことながらテクノロジの進歩とともに、生産効率の向上を目的に複数の機械導入や自動化が進んでいます。この進化の中で、産業用ネットワークを切り取ると、異なる企業や団体は高精度な同期制御や安全制御などを開発し、それぞれ独自のプロトコル(フィールドネットワーク)を推進してきた背景が見えてきます。
 各規格団体の独自プロトコルは、使い手のニーズに合ったプロトコルを選択できますし、競合のプロトコルが存在することで、技術の進歩や選択の幅拡大の面では悪い事ではありません。 しかしながら、製造業のユーザ目線に立つといくつかの課題が見えてきます。

アプリケーション管理

 異なるプロトコルを扱う場合、アプリケーション管理が煩雑になります。(異なるプロトコルごとの設定や監視など)

異なるメーカの機器連携

 相互運用性の問題が発生することがあります。

セキュリティリスクの増加

 各プロトコルのセキュリティ対策が異なるため、適切な対策が難しくリスクが増加します。

 これらの課題を解決するアプローチのひとつがIndustry 4.0です。異なるプロトコルや技術を統合し、製造業の効率化や柔軟性を向上させることを目指し、標準プロトコルを有する新たな産業用ネットワーク実現を提唱しています。


図1. 従来の産業ネットワークとこれからの産業ネットワーク


 もう一つ、Industry 4.0やIIOT(Industrial Internet of Things)の実現に向けて重要な役割を果たすネットワーク技術を以下に示します。

  • 高精度な時刻同期
  • 超低レイテンシ(低遅延)
  • 高信頼性

 

 異なる機械やセンサを正確なタイミングで連携させることで、生産プロセスの効率や品質は向上します。この「正確なタイミングで連携させる」には、上記3つの技術が担保されている必要があります。例えば、みなさんが見たい動画を再生する際に、再生ボタンをクリックしたのに動画が開始されずイライラするときがあるでしょう。これはデータ通信が高い信頼性で提供されていないことを意味します。電波が弱い、他ユーザの通信で混雑している状況なども考えられます。これが製造現場で起きてしまうと大きな損害に発展してしまいます。確実に動作しなければならない生産現場では通信データの遅延は許されず、制御データは常に確実に届かなければならないのです。

 つまり「いつも正確なタイミングで確実にデータを受け渡す」ことができる標準プロトコルが不可欠ということです。その標準プロトコルとしてKeyとなるのがTime-Sensitive Networking、略してTSNです。

2. イーサネット規格 TSNが変える製造業の未来

 TSNを導入することで得られるメリットとはいったい何でしょう?

 過去はEthernet AVB Gen.2とも言われておりましたが、AVBの代表機能のひとつ、時刻同期はTSNでもベースとなる技術です。全ての接続機器は時刻が正確に共有され、同期通信が可能となります。TSNではこの時刻同期を基軸に、通信帯域を時分割し、任意のEthernetフレーム毎の優先付け、送りたい通信や受け取らなければならない通信の時限管理も可能としました。

 これにより、異なるフィールドネットワークのプロトコルが混在しても、TSN上では通信帯域を各プロトコルが棲み分けるように分割され、かつ確実な通信を実現することができ、結果「異なるプロトコルや技術を統合し、製造業の効率化や柔軟性を向上させる」目的を果たすことに繋がると言われています。


図2. TSNの導入によるメリット

 

図3. TSNによるリアルタイム通信

3. TSNを構成する規格(IEEE 802.1AS、IEEE 802.1Qbv)

 TSNはかなり多くのIEEE規格で構成されていますが、今回は重要な要素となる2つの規格を解説します。

①「時刻同期」の仕組みを定義・・・ IEEE 802.1AS

 1つのデバイスの時刻をGMC(Grand Master Clock)とします。このマスタの時刻に合わせる方をスレーブと呼びます。スレーブとマスタはgPTP( generalized Precision Time Protocol )を利用して時刻同期を行います。

 IEEE1588をご存じの方は、PTPに馴染みがあると思われますが、802.1ASで使用するgPTPは、Layer2のMACレイヤーのみで利用できる時刻同期である点を覚えておくと良いと思います。

 gPTPやPTPを検索すると、以下の概念図でスレーブがマスターの時刻と同期するために、「伝搬遅延時間」と「GMCとのオフセット(どれくらい時間のズレがあるか?)」をスレーブが知る方法の説明として多く散見されます。

 ただ・・・ これがよくわからない、という方も多くいるのではないかと思います。

図4. PTPにおけるメッセージ交換

 

 少しでも理解が進むように、アニメーションにしてみました。いかがでしょうか?

図5. メッセージ交換とスレーブ側の遅延

②「時分割」の仕組みを定義・・・ IEEE802.1Qbv

 上述の図3. で示したように、送信したいEthernetのトラフィックを時間で分割して、優先度の高いパケットが確実に伝送されるように専用の送信時間を確保します。 ※ベストエフォートのパケットは低い優先度に設定します。

 1つのEthernetのポートをイメージしてください。そのポートはもちろん送信も受信もしますが、Qbv規格は送信の規格なので、そのポートから出力されるトラフィックだけを考えていきます。(IEEE規格で言うEgress Portです)

 出力にはキューというものが8個存在します。このキューは優先度が割り当てられており、各キューを Priority7 ~ Priority0とします。優先度が最も高いパケットはPriority7のキューにバッファリングします。 低いものはPriority0のキューに置くイメージです。

 送信キューというものはバッファ+ゲート(門)で構成されていて、バッファに溜まったパケットはゲートが開くと出力されます。

図6. バッファとゲートのイメージ図

 

 このゲートを「開く」「閉じる」を一意の送信時間サイクルの中でコントロールすることで、この時間はPriority7のキューを出力、その次の時間はPriority6・・・最後にベストエフォートのパケットを、次の送信サイクルになるまでPriority0から吐き出します。

 このコントロールには、「ゲート・コントロール・リスト(GCL)」を用います。GCLは任意の送信サイクル時間と8つのキューのゲートをOpenするのかCloseするのかが明示されているリストです。

 これについても、わかりやすいアニメーションを制作してみました。 GCLと各キューの動きをご理解頂けると思います。

図7. 時分割送信を実現するGCLのイメージ図

4. TSNで実現するOTとIT

 TSNは標準イーサネットプロトコルであるため、IT(Information Technology)用ネットワークとOT(Operational Technology)用ネットワークをシームレスに繋ぐことができるのも大きな利点となります。生産工場の品種と生産量がリアルタイムに変化するような製造現場に対しても、柔軟に情報を一元管理することが可能となり、工場の生産性を全体的に向上させることができます。つまりスマート工場の実現には、OTだけではなく、ITも同一プロトコルで通信できることが不可欠になるということです。

 一方で、スマート化された工場は、製造プロセスの効率化・高度化やデータの可視化など、製造業のビジネス競争力を強化する源泉となる反面、外部ネットワーク接続の増加やサプライチェーンの広がりなど、セキュリティのリスクも増大していきます。

 OTセキュリティに関してはテクラボサイトに複数掲載していますので、そちらをぜひご覧頂ければと思います。

5. まとめ

 TSNは複数の規格の集合体であり、「Time-Sensitive Networking」の略称で、IEEEによって策定されている標準プロトコルです。TSNに対応するには、規格の集合体全てを実装しなければならないのか?とよく耳にしますが、全くそんなことはありません。それぞれの産業分野で必要となるシステムやアプリケーション、用いるべき通信帯域の要件に応じて選択すれば良いです。
今日においては、上述のIEEE802.1ASとQbvのみでTSNを構成しているネットワークシステムも多いことでしょう。

 スマート工場を目指すには、上位層にあたるITと下位層にあたるOTをシームレスに繋げる必要があります。その目的を果たすのにTSNは解決策となり、工場トータルの生産性を上げられるでしょう。 その一方で、オープンな標準プロトコルの活用は、外部からのサイバーアタックを受けやすいネットワークにもなり得ます。

 標準イーサネットは、過去よりIT分野で強化されてきたセキュリティ対策技術をOTへも適用できる強みもあります。 イーサネットのL2、L3はそもそも通信すべき相手の制限や通信すべきデータが管理できるため、セキュリティ対策に貢献するL2、L3の技術が多く備わっていますので、これらも活用しセキュリティ対策を打てるでしょう。 とはいえ、将来のTSNベースのセキュリティ手法は、変化していくものになるかもしれませんので、今後もTSN技術動向は追いかけていこうと思っております。

 次回はTSNの技術的内容を深堀り、記事にしていきたいと考えております。(需要があれば)

(執筆者:山口功一郎、編集者:内田将之)

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