AUTOSARとは?車載ソフト標準規格とSDV時代の重要性
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- 更新日
- 公開日
- 2025.10.31
近年、自動車の高度化に伴い、車載ソフトウェアの開発はますます複雑化し、コストも増大しています。こうした課題に対応するために誕生したのが、AUTOSAR(オートザー)という標準規格です。
AUTOSARは、SDVを実現するための基盤となるOSやアーキテクチャの標準仕様であり、その導入は今後の車載ソフトウェア開発において極めて重要な意味を持ちます。
本記事では、AUTOSARの導入を検討している開発担当者の方々に向けて、AUTOSARの本質的な価値と導入のポイントについて、わかりやすく解説していきます。
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INDEX
1. AUTOSAR(オートザー)とは?わかりやすく解説
AUTOSAR※1とは、2003年に発足した国際的な開発パートナーシップであり、複雑化・高度化する現代の車載ソフトウェア開発において、「開発プロセスの標準化」を実現することを目的としています。
AUTOSARの導入により、開発の手戻りや無駄を抜本的に削減することが可能になります。例えば、従来はECU(Electronic Control Unit)ごとに個別に開発していたブレーキ制御ソフトウェアも、AUTOSARに準拠して開発することで、ソフトウェア資産として蓄積し、異なる車種やモデルのECUにも最小限の修正で再利用することができます。
このように、AUTOSARは単なる技術仕様ではなく、企業のソフトウェア開発体制そのものを変革し、競争力を強化するためのプラットフォームと位置づけることができます。
出典:AUTOSAR
※1 AUTOSAR:Automotive Open System Architecture
AUTOSARが作られた背景や解決できる課題
AUTOSARが登場する以前の車載ソフトウェア開発は、ECUごとにハードウェアとソフトウェアが密接に結びついた「すり合わせ開発」が主流でした。
しかし、この開発方法にはソフトウェアの再利用が困難であるという課題がありました。異なる車種やモデル、あるいは異なるサプライヤのECUにソフトウェアを移植しようとすると、ハードウェアの仕様の違いから、ほとんどゼロから作り直すに近い多大な工数が発生します。これにより、開発期間の長期化、コストの増大、品質のばらつきといった問題が生じていました。
これらの課題を解決するために、自動車メーカとサプライヤが協力して策定したのが、世界共通の標準規格であるAUTOSARなのです。AUTOSARは、ハードウェアとソフトウェアを分離し、標準化されたインタフェースを定義することで、これらの問題を根本から解決し、効率的な開発を実現します。
2. AUTOSARを導入しソフトウェアを標準化するメリット
AUTOSARの導入は、開発プロセスに大きな変革をもたらし、企業に具体的な競争優位性をもたらします。この章ではAUTOSARを導入するメリットを解説します。
ソフトウェアの再利用性が向上する
AUTOSAR導入における最大のメリットは、ソフトウェアの再利用性が飛躍的に向上することです。
AUTOSARでは、ハードウェア(マイコン)とアプリケーションが分離しているため、一度開発したアプリケーションソフトウェアを、異なるマイコンを搭載したECUへ簡単に移植できます。これにより、車種やモデルが変わるたびにソフトウェアを新規開発する必要がなくなり、過去に蓄積したソフトウェアを有効活用できます。
また、この高い再利用性は、SDVにおいてもさまざまなハードウェアや車種をまたいで共通のアプリケーションを展開する上で極めて有効です。
開発効率が向上する
AUTOSARは、ソフトウェアの役割分担を明確にし、標準化されたインターフェースを提供します。これにより、複数のチームやサプライヤが並行して開発を進めやすくなります。
例えば、アプリケーション開発チームは、下位層のハードウェア詳細を意識することなく開発に専念でき、ハードウェア開発チームは上位のアプリケーションを気にすることなく作業を進められます。
このような並行開発は、全体の開発期間を大幅に短縮し、市場投入までの時間を早めることに貢献します。
標準化によりソフトウェアの品質と安全性が向上する
AUTOSARは、車載ソフトウェアに求められる高い品質と安全性を確保するための仕組みを提供します。
標準化されたアーキテクチャとインターフェースを用いることで、属人的な設計による品質のばらつきを防ぎます。また、多くの企業で利用・検証されている標準モジュール(BSW)を活用することで、自社でゼロから開発する場合に比べて、潜在的な不具合を減らし、安定した品質を確保しやすくなります。
特に、機能安全規格(ISO 26262)への対応など、安全性が重視される領域において、AUTOSARのフレームワークは大きな助けとなります。
3. AUTOSARのアーキテクチャと構成要素
AUTOSARのアーキテクチャは、ソフトウェア開発の効率化や再利用性向上といったメリットを実現するための中核的な仕組みです。大きく分けて3つの階層から構成されており、それぞれが明確な役割を担うことで、ハードウェアとソフトウェアの分離を実現しています。
Application LayerとSoftware Component(SWC)とは
最も上位に位置するのがApplication Layer(アプリケーション層)です。
この層のソフトウェアは、Software Component(SWC)という単位で部品化されます。各SWCは、特定の機能を持つ独立したモジュールとして設計されており、ハードウェアの詳細から完全に独立しています。これにより、SWC単位での開発、テスト、再利用が可能になります。
Runtime Environment(RTE)とは
中間層に位置するのがRuntime Environment(RTE)です。RTEは、上位のApplication Layerと下位のBSWとの間を取り持つ「通訳」のような役割を果たします。
SWC間の通信や、SWCからBSWの機能(例:通信、メモリ管理)を呼び出す際の仲介をすべて行います。Application LayerのSWCは、RTEが提供する仮想的なバス(VFB: Virtual Functional Bus)を介して通信するため、相手のSWCが同じECU内にあるのか、別のECUにあるのかを意識する必要がありません。
このRTEの仕組みが、ソフトウェアの移植性や再利用性を高める上で極めて重要な役割を担っています。
Basic Software(BSW)とは
最も下位層に位置するのがBasic Software(BSW)です。BSWは、OS、通信スタック(CAN、Ethernetなど)、メモリ管理、I/O(入出力)ドライバなど、アプリケーションを実行するための基盤となる機能を提供します。
BSWはさらに、マイクロコントローラに依存する部分(MCAL)、依存しない部分(サービス層、ECU抽象化層)に分かれています。この構造により、マイコンを変更した場合でも、修正が必要なのはMCAL層のみとなり、その上位にあるアプリケーションソフトウェア(SWC)には影響を与えずに済みます。
4. AUTOSARの今後の展望

AUTOSARは、CASEと呼ばれる次世代の自動車技術に対応するため、進化を続けています。従来のECU制御に適した「Classic Platform」に加え、自動運転やコネクテッドカーのような高性能コンピューティングを必要とする領域向けに「Adaptive Platform」が開発されました。Adaptive Platformは、LinuxベースのOSなどをサポートし、動的なソフトウェア更新(OTA)や、より柔軟なアプリケーション開発を可能にします。
今後、この二つのプラットフォームが協調し、車載ネットワーク全体をカバーすることで、次世代モビリティのソフトウェア基盤としての役割をさらに強化していくことが期待されています。
5. SDVにAUTOSAR Adaptive Platformが不可欠な理由
SDV時代の到来は、自動車の価値がハードウェアからソフトウェアへと大きくシフトすることを意味します。この変革の中心的な役割を担うのが、前述したAUTOSAR Adaptive Platformです。ここでは、なぜSDVにAUTOSAR Adaptive Platformが必要なのかについて解説します。
動的なソフトウェア更新に必要なため
Adaptive Platformは、POSIXに準拠したOS(Linuxなど)上で動作することを前提に設計されています。
そのため、スマートフォンのアプリケーションをアップデートするかのように、特定の機能だけを安全かつ動的に更新することが可能です。これにより、先進運転支援システム(ADAS)の認識アルゴリズムを最新のものにアップデートするなど、一部のソフトウェア更新をディーラに自動車を持ち込むことなく実現できます。
外部との高度な通信が必要なため
Adaptive Platformでは、サービス指向通信プロトコルであるSOME/IPやDDSを標準でサポートしているので、車載イーサネットを介したセキュアな高速通信を実現します。SDVは、単体で完結する製品ではなく、クラウドや交通インフラ、他の自動車と常に通信・連携することで、その価値を飛躍的に高めます。
例えば、クラウドから大容量の高精細3Dマップをリアルタイムで受信して自動運転の精度を高める際には、大容量のデータ通信が必要となります。Adaptive Platformにより、この外部との高度な通信が可能となります。
アジャイル開発と親和性が高いため
Adaptive Platformはアジャイル開発と親和性が高いため、SDVに求められる柔軟な開発に対応可能です。顧客のニーズが多様化し、市場の変化が激しい現代において、ソフトウェア開発には迅速な対応が求められます。
SDVの開発も例外ではなく、従来のウォーターフォール型の手法では市場投入のスピードに対応できません。Adaptive Platformは、機能ごとにソフトウェアコンポーネントを独立させる「サービス指向アーキテクチャ」を採用しています。
これにより、各機能の開発チームが並行して作業を進め、短いサイクルで改善とリリースを繰り返すアジャイル開発やDevOpsといった現代的な開発手法と組み合わせやすくなります。
SDV関連の記事、多数ご用意しております。本記事の内容と合わせて、ぜひご覧ください。
6. まとめ
本記事では、車載ソフトウェア開発の標準規格であるAUTOSARについて、その背景、メリット、アーキテクチャを解説しました。
AUTOSARは、単なる技術仕様ではなく、ソフトウェアの再利用性を高め、開発効率を向上させ、品質を確保するための強力なプラットフォームです。単に従来の開発課題を解決するだけでなく、ClassicとAdaptiveという2つのプラットフォームを使い分けることで、SDVという自動車業界の大きな変革を支えるための強力な基盤となります。BSWの設定の複雑さなど、導入には専門的な知見が必要となる側面もありますが、多くのツールベンダやパートナがその導入を支援しています。
当社においてもBSWの設定のサポートは行っているので、AUTOSARの導入をぜひ検討してみてはいかがでしょうか。
(編集者:安西滉樹)

